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記事掲載のお知らせ
 2月も終わろうかというこの時期に、完全に駆け込み記事ですが。。。

全日空の国際線機内誌、翼の大国/WINGSPANにうるみ名刺入れをご紹介いただきました。
英文と中文のみですが、ご利用の方はチラ見してみて下さい。
あと2日しかないですが。













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漆琳堂『うるみ』出展のご案内

第10回国際照明総合展ライティング・フェア2011に、 漆琳堂の商品が出展されます。
『うるみ』名刺入れはもちろん、丸若さんの漆器のカップなども展示されますので
ご来場の際はチラッと覗いて見てください。



第10回国際照明総合展 ライティング・フェア2011
『和とあかりラウンジ』

2011年3月8日(火)_11日(金)
10:00_17:00(最終日は16:30まで)
場所:東京ビッグサイト 西1・2ホール
同時開催:
[東ホール]JAPAN SHOP/建築・建材展/リテールテックJAPAN/IC CARD WORLD/SECURITY SHOW
[西ホール]フランチャイズ・ショー(10日〔木〕まで)
ライティング・フェアHP:
http://www.shopbiz.jp/lf/










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BS-TBS『ココロジ』に出演。



BS-TBS 『ココロジ〜発見!まちの元気人〜』にて、「うるみ」の作り手、漆琳堂 内田 徹さんが紹介されます。
下記の30分に亘り越前漆器と内田さんに焦点を当て、漆琳堂/内田さんの作品(商品)、他産地やデザイナーとのコラボレーションなどの活動を紹介していきます。

BS-TBSが観れる方は、是非ご覧ください。

*****

2/19(土)、17:30〜18:00
BS-TBS 『ココロジ〜発見!まちの元気人〜』
http://www.bs-tbs.co.jp/app/program_details/index/KDT1004200





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漆琳堂


漆琳堂の由来

漆芸に対する気概 ・・・「漆」
尾形光琳を尊び・・・「琳」

*****

内田家は、江戸中期より代々、漆塗りを家業とし塗師家として、椀を中心に漆器づくりを継承してきました。
初代より200年以上続いてきた塗師家を、現在も守り続けています。

器の一つ一つを心を込めて塗り上げ、伝統工芸の担い手として物づくりの心をお伝えします。
また、伝統工芸の漆器づくりをはじめ、「忠治郎」をブランド名とした創作デザイン漆器を提案しています。

株式会社 漆琳堂
〒916-1221 福井県鯖江市西袋町701
TEL:(0778)65-0630 FAX:(0778)65-0697
URL:
http://www.shitsurindo.com/
Eーmail:t-uchida@me.ttn.ne.jp

略歴
明治: 内田忠吉商店
1952年: 内田忠重漆器店
1990年: (株)漆琳堂設立。




塗師 内田 徹

1500年の歴史をもつと言われる漆器の産地、越前。
この地で、漆琳堂6代目となる塗師として 漆器づくりに携わってきました。「同世代の若い家族に向けた、日々安心して使える使い手の顔が見える漆器づくりがしたい。」その想いから、丁寧なものづくりで永く使える、優しい漆器の提案を行っています。




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越前漆器について

越前漆器の起こりは、約1500年の昔にさかのぼるといわれています。
古墳時代の末期にあたる6世紀。第26代継体天皇がまだ皇子のころ、こわれた冠の修理を片山集落(現在の福井県鯖江市片山町)の塗師に命じられました。
 
塗師は、冠を漆で修理するとともに黒塗りの椀を献上したところ、皇子はその見事なできばえにいたく感動し、片山集落で漆器づくりを行うよう奨励しました。これが今日の越前漆器の始まりと伝えられています。
また、越前には古くからたくさんの漆かきがいました。漆かきとは、漆の木にかき傷をつけながら漆液を採集する職人のことで、最盛期には全国の漆かきの半数を占めたといわれています。日光東照宮を建てるとき、徳川幕府は大量の漆液の採集を越前に命じたとか。
越前の漆かきが、どんなに高く評価されていたかが分かります。こうした漆かきの存在も越前漆器の産地形成に大きな役割を果たしています。

一大地場産業として

片山地区でつくられる漆椀は片山椀と呼ばれ、室町のころから報恩講などの仏事に盛んに使われるようになりました。
また、江戸末期になると京都から蒔絵師を招き、蒔絵の技術を導入。輪島からは沈金の技法も取り入れ、越前漆器はそれまでの堅牢さに加え、華麗な装飾性を帯びることになりました。
明治のなかば、越前漆器は大きな転換期を迎えます。
それまで、製品といえば丸物と呼ばれる椀類がほとんどだったのが、角物と呼ばれる膳類などもつくるようになったのです。
以後、重箱、手箱、盆、菓子箱、花器など一挙に製品群は多様化。
生産エリアも河和田地区全体に広がり、そこで生産される漆器は、河和田塗りと呼ばれるようになりました。さらにこうした多様な製品群を背景に、量販体制を整備しながら、旅館やレストランなどで使う業務用漆器の販路開拓に乗り出したところ、これが見事に成功。
名古屋、大阪などの大消費地へ進出を果たし、河和田塗りは、いつしか越前漆器として広く愛用されるようになったのです。









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